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2008年5月24日 (土)

はやっ!・・・

Img_1393 今日は丸亀を2往復・・・楽しみに

していた「ひ孫」の顔を見せて

やらなければと思い「オカン」を搬送。

重い病気でもないのですが、やはりJRでの移動、

ましてや雨模様では負担が大きいので、私の仕事の

都合で今日になりました。

Img_1397 さて、その帰り道の途中に目に

飛び込んできたショッキングな光景・・・

昨年の9月に記事にもしましたが

丸亀城内亀山公園の遊園地を2009年までに廃止案。

ただただ「怒りとボヤキ」をダラダラ書いただけでしたが

「廃止決定」になるやいなや(as soon as)ご覧のありさま、

Img_1403

メンテ、改善、存続、には多くの予算が

毎月必要でしょう。でも努力もしないで

「ハイそれまでよ~」はどんなもんでしょう?

電車もメリーゴーランドも観覧車も・・・

死んだオヤジと、私の三人の子供たちの楽しい想い出の場所。

それを思い出しながら、しばらく立ちすくんでいました。

それにしても「撤去」となれば即「予算」はおりるのですね・・・

隣接する「動物園」も・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですかね???

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2007年9月10日 (月)

続・丸亀・・・

Photo お城から北へ少し離れた所に

母校「城北小学校」があります。

実家から近いのですが、何十年

ぶりにブラッと途中下車です。

まるで面影がない・・・

手前の校舎はあったけかなあ?

近所の様子もかなり変わってしまっていました。

そりゃ40年ですものねえ~当たり前かあ~

Photo_2 運動場のほうに周ると「あった、あった!」

体育館、見覚えある校舎。

こんなに運動場って狭かったけ?

サッカー、野球と走り回りましたよ・・・

横にJRの高架が見えますが、昔は小高い丘でして

まだSLが走ってました。線路の反対側には「幼稚園」が

あったのですが、今は跡形もありませんでした(少子化か)

で、この小学校時代に某有名外国映画と同じような

初恋をしたのでありました。その映画よりも早くに・・・

ほろ苦い、甘酸っぱい(キモイわっ!)

それはまたの機会に・・・

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2007年9月 9日 (日)

『拝啓、丸亀市長様』

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「この度、丸亀城亀山公園内の動物園、及び遊園地を

2009年までに廃止の意向だと言う突然のニュースに

ただただ驚いた訳で・・・丸亀で生まれ高校卒業までの

18年間を過ごした私には想い出大きい場所、丸亀を離れても

自分自身の子供たちを、そちらに帰る度に何度と遊びに

行った場所が消え行くのは本当に寂しい限りであります。

『同公園にはふさわしくない施設で、文化庁から撤去する

ように』とのこと・・・はあ~~~~~~~~~~~~?

国から?ふさわしくない??ふさわしくない???・・・

そう言い切れるお国のお役人の方は日本の行政に

「ふさわしい」かたばかりなのでしょうね、さぞかし・・・

見かけだけの景観が美しいだけが遺産、国宝文化財

なんておかしな話と思います。

多くの市民のたくさんの想い出と、今現在の市民が

くつろげる憩いの場所、そんな全ての思いを含めて

本当の美しい光景ではないのでしょうか?

人がこないからメンテをしない、メンテが出来ていないから

人がこない・・・努力をされたのでしょうか?

ここは白鳥、鳩、亀や鯉が共存し、子供たちを中心に人や

動物が共遊する丸亀市民のオアシスではないでしょうか。」

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2007年7月 8日 (日)

想い出の場所。

Photo_63「 屋島陸上競技場」、ここと

この辺りにも想い出が・・・

小学校時代

校内で1,2位を争うほどの俊足で、運動会の

ヒーローだったことで、中学に入り「陸上部」へ

新たなライバルともそこそこ競い合い、ひょっとして

「いけるんちゃウン~!」といざ県大会で屋島へ

「スゲ~、土のグランドじゃねえべ」

凄いのはグランドやスタンドだけではなかったのだ。

100メートル予選はなんとかギリギリに突破

しかし2回戦はあえなく完敗・・・屈辱・・・

「井の中の蛙大海を知らず」ってか、ここからが

分岐点。悔しさをバネに雪辱へと・・・火は点かず

「苦しい練習はもういやだ」と2年で辞めました。

あれから数10年、何故か次女も中学で陸上短距離

ここにも何度か観戦にきました。

Photo_64 1980年に結婚してから5年ほど?

競技場のすぐ北側の借家で

住んでいました。

この辺りは緑が多いのでベビーカーに子供を乗せ

カミサンは毎日のように散歩していましたね。

競技場が開いていたら芝のスタンドで遊んだもんです。

昨日、屋島方面に行ったので、ついフラッと寄り道。

競技場もまわりの景色も随分変わっていましたが

住んでいた借家もほぼ変わらず、誰かが住んでいました

懐かしいひと時でした。

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2006年12月14日 (木)

ロシアンおむすびルーレット

「腹へったあ~」と突然息子が帰ってきました。

予定外でごはんが足らなくなり、あわてて炊き

そのおかげ?でまた炊きたて塩むすびが・・・ラッキー!

食べながらふと思い出したのが、まだ子供たちが

小さい頃、天気のいい休みの日にはお弁当を持って

公園や動物園など行ってました。そんなある日の朝

カミサンが小さい丸いおむすびを何個も作っていました

横には鮭や梅干、ツナ、昆布など見慣れた具材が・・・

でもよく見ると、チョコやゼリー、ラムネ菓子、イチゴジャム

キャラメルなどが・・・ま、まさかこれをおむすびに・・・

その日公園でのランチタイム「今日はお父さんから順番に

おむすびを食べていきます」とカミサンが切り出す。

勿論私は知ってましたが、(「これ食べて」と指示をだされ)

子供たちは「何故?」とキョトン。でも次の瞬間私の

苦悩する表情を見てピンときたらしく「えっ~何が入ってるん?」

と、それからその日のランチタイムは大賑わいになったとさ・・・

カミサンの粋な?演出ではありましたが、インパクトを

与えようと私にこれをと食べさせた中味はなんと「正露丸」

だったのです。シャレにならんでえ~

そんな昔の思い出話でした。おしまい

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2006年10月21日 (土)

「落陽」

Photo_48 しぼったばかりの夕日の赤が♪

拓郎の歌に「落陽」という歌がある。

「つま恋」でもそうでしたが、昔から

この曲が一番盛り上がるのです。何故だか分からない?

ただ私の昔々のお恥ずかしい恋愛話の思い出の曲

でもあるのです。結婚前、約2年近く大阪と香川で

遠距離恋愛(たぶん今のカミサン)してました。

当時は橋もないし高速道路もあまり無いような時代

当たり前?のようにお金もない、だけど会いたくなる

(恥ずかしい・・・)そんな時「ジャンボフェリー」をよく

利用してました。大阪で仕事が終わり、車で兵庫県

東灘区の青木港(現在は三宮)へ、駐車場に車を置いて

人だけ乗船。で高松に夜中にお迎えの格安パターンで

帰ってました。そして翌日の夜中の便で大阪に朝帰りで

そのまま仕事の時もあり・・・・・・若さですなあ・・・・

夕方の便で帰る時はいつもこの「落陽」の歌が

頭の中を流れて切なくなったものです(注:歌詞の内容は

恋愛要素まったくありませんが)

Jumbo_ferry_kobe01s3200 苫小牧発、仙台行きフェリー♪ではなくて

高松発、三宮行きフェリー♪でした。

お粗末!

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2006年10月 4日 (水)

雨の日の思い出。

仕事帰りに、雨にうたれてトボトボ歩いてる

野良ワンを見かけました。

そういえば我が家の3姉弟が、小学生の頃

私の記憶では3度ほど内緒で家へ連れて帰って

きてました(ニャン2、ワン1)。捨てられたのかどうか

まだ生後まもない子ばかりで、それが決まって

雨の日だったかなと・・・

子供たちは見つからないようにと納屋へ隠して

ましたが、ほとんど飲まない牛乳が減っていたり

やけに部屋を出たり入ったりで、カミサンはすぐ

気づきました。ドラマのお決まりパターンのような

光景で「自分たちで世話するから・・・」と見事に

騙され(たフリ)、結局我が家の住人?になりました。

今はもう他界しましたが、捨てる奴のことを考えると

可哀相と思い拾ってくる家の子の気持ちを尊重しました。

ただ、何とか夜露をしのげる程度だけども、田舎だし、

そんな住宅事情だったから飼えたんだけど、団地とか

マンションとかであれば、どうしてたかなと・・・

ふと思いました。

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2006年6月25日 (日)

ああ 青春②

Yamaha 今から7、8年前当時高校1年だった長女が

まだメジャーデビュー前の「ゆず」のファンで

いわゆる「ゆずっこ」と言われておりました。

横浜の路上でライブをやっていた二人の若者、いつしか噂が

噂を呼び大勢の人が集まるようになり、ついにはプロへと・・・

最後の路上ライブには約8千人もが集まったとか。

娘に勧められ二枚のミニアルバムを聞いて、久々に

眠っていたフォーク魂に火をつけられた感じがしたのです。

生ギター、ブルースハープ、タンバリン、ピアニカ。

シンプルな音源、詩の内容、叫ぶような歌い方。

何よりも彼ら自身が歌が好きで、楽しんでいるところ。

以来毎年家族5人でライブへ(香川では1度だけ)

神戸ワールド、大阪城ホール、アスティ徳島、広島グリーンと

さすがにバタクリ世代はほとんどいませんが

1万人の若者たちにと飛び跳ねてパワーをもらってます。

そんな二人の若者に触発されて新たにギターを買い

ハーモニカも買い替え・・・蘇れ青春状態に・・・

仕事が忙しくて中々弾けないのですが、それでも

昔の曲、ゆずの曲、フューチャー?しながらやってます。

人前でという気はなく、自己満足気分で・・・

雨の日、帰りが遅くなった日、学校へ長女を車で向かえに

行くとき、いつも「ゆず」をガンガンかけていたので

いつのまにか娘の友達から「ゆず親父」と命名され

その流れでラジオネームにしました・・・

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2006年6月17日 (土)

ああ 青春

Photo_1 初めて貰ったボーナスで買った「YAMKI」の

ギター。たしか8万円だったかな?

大阪阪急豊中駅近くの楽器店で・・・

それまでモーリスのオンボロ中古だったので、めちゃ嬉しくてX2。

当時三人でバンドを組んでいて、女子寮やらイベントで活躍?

「かぐや姫」のコピーが主で、後は私の敬愛する吉田拓郎や

フォークル、陽水、泉谷等なども。 メジャーも少しは夢見ましたが

所詮コピーバンドのにぎやかし・・・バンド名も「MAINER」ですから

結局それぞれ仕事の関係でバラバラに、自然解散になりました。

一番輝いた?ころかなあ(プロフに当時の写真をアップしました)恥!

今は人間もギターもガタガタですが、ひょんなことで新たにギターを

買い、また熱中するはめに・・・続きはまたの機会に・・・

「ゆず親父」の名前の由来も・・・

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