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2011年3月12日 (土)

なんでそうなるの・・・

3/10(木)、仕事から帰り夕食を済ませ、パソコンへ・・・

いつものようにブログ投稿をも終わり、テレビをつけて

番組表をチェック・・・するとニュース「ZERO」の見出しに

「坂上二郎さん死去」の文字が・・・「え~~っ!」・・・

コント55号(萩本欽一・坂上二郎)、彼らよりおもしろい

コントをいまだに見たことはない、40年以上たった

今でも・・・とにかく二人とも汗だくで笑いを作り出す・・・

欽ちゃんが会見で、「テレビの前では泣かない、家に

帰って二郎さんにありがとうと言ってから一人で泣く」と

涙をこらえながら喋っている姿を見て、涙がこみ上げました。

我々の中のヒーロー、スターの訃報は悲しいです。その

中でも「お笑いさん」の死はとくに辛いです。

「二郎さんありがとう」素直にそんな言葉が出て来るお方

でした。安らかにお眠りください・・・合掌。

                                  

コント55号のお話は、会長が第4週の「WEF」で取り上げて

下さる予定ですので、その時の告知で詳しく・・・

                                       

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「コント55号」の存在は知っていますが、お二人が漫才する姿は、正直見た事がなく、私の記憶には「欽ちゃん」と「二郎さん」別々のイメージが強いですweep


私の中で、坂上二郎さんは、俳優さんとしてのお姿ですが、高校の時に授業で見た、「お菓子放浪記」というドラマの(ご存知ですか)中のお巡りさんのイメージがとても強いんです。多分、1976年くらいのドラマだったと思いますが、戦争中のお話しで、主人公のシゲルは孤児院から脱走し、金平糖を盗んで逮捕されてしまいますが、そこのお巡りさん(二郎さん)に菓子パンをもらって……と、刑務所の中でのお話しが始まったと思うのですが、貧しかった当時に盗みをしてしまった若者にもやさしく接しているお巡りさんの二郎さんの印象を今でも、覚えています。俳優さんとしても素晴らしい役者さんだったと思います。

お笑いの二郎さんのお姿を是非拝見させていただきたいと思います。別れは寂しいですね…weep

投稿: あいる | 2011年3月12日 (土) 20時30分

ヤマサキが子供の頃からの経験をまとめると

ご飯を食べながら見ていると

吹き出す危険性がある…

というレベルの笑いは(ヤマサキ個人の感想)

○やすきよ
○仁鶴
○コント55号

の三つのみです。

これは常識外れでした。

しかもこの中で55号のすばらしさは

「台本がない」ということです。

「医者と患者」とか

「道行く人と、その人に道を尋ねる人」

などのシチュエーションを決めるのみで

後は二郎さんの反応を見ながら

欽ちゃんが自由自在に広げていく…

というものだったのです。


後にも先にも

こんな奴らは55号以外にいません。


詳しくは第四金曜日に…

投稿: ヤマサキ | 2011年3月12日 (土) 22時50分

欽ちゃんはピンで二郎さんは役者・・・

そんなイメージの人も多いでしょうね、

コント55号は日本一のコント師です。

会長の仰る通り、大まかな設定のみで

後はアドリブでどんどん話の展開が・・・

あの完成度はまさに本物の「芸」では

ないでしょうか、

誰よりも欽ちゃんが一番悲しかったと

思います。

名作コントの数々、また見たいですね。

                  

投稿: ゆず親父 | 2011年3月13日 (日) 18時58分

坂上二郎さん ご冥福を お祈りします。コント55号を知らない世代の私です。どちらかというと ドリフ 欽ドン 世代かなぁ
野球拳は 少し 覚えています。女の子 かわいそうです。
昔 二郎さんに 1度だけ お会いしたことがある僕です。飛びます飛びますを知らない世代の僕です。
今 学校の先生 という曲を YTで 聴いています
音楽同好会(名前検討中

投稿: ジャニーズ星人&孤児星人&村石太 | 2011年3月22日 (火) 20時19分

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