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2011年1月16日 (日)

「遺言」

何やら意味深なタイトル・・・

昨日、カミサン方の親戚の方がお亡くなりになりました。

故人とは今まで数回しかあったこともなく、会話も挨拶

程度でしたが・・・先ほどお通夜から戻りました。

今でこそたくさんの葬祭会館があり、自宅で葬儀も少なく

なりました。これは遺族、親戚、関係者、そしてご近所の

方にとっても正直助かるものです。実際、自身のオヤジの

時も細かいとこまで助かりました。商売といえば商売ですが、

それでも内面的に気配りが大変かとは思いますね。

ただ段取りは上手く運んでも、昔からの「しきたり、言い伝え」

故人との関係性やなんやかんやと、年寄りは特に「こだわり」

ます。大切な部分はわかりますが・・・昨日からのカミサン方の

家族の「あ~でもない、こ~なのだ」とやりとりに正直ウンザリ

ではありました。極端に単純な私は故人の冥福を祈る気持ち

さえあれば、それでいいのではないかと思うのですが・・・

カミサンも基本それだけなのですが・・・難しいものですね~・・・

私はカミサンに「遺言」してます。もし使えるものが体の一部でも

あればどなたにでも提供してあげて下さい。家族だけで、こっそり

サラっ~と葬って下さい。ブログが続いていたならば「死後報告」

だけよろしくお願いします。・・・と、ここで発表してしまったら

これは「遺言」ではないのかな?

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「死」というのものは

「誕生」と対になって

誰にでも訪れる、極めて平等なものです。

恐れることでも

悲しむものでもないと思います。

恐れの原因としては

「明日の自分がいない」ことであり

悲しみの原因としては

「昨日の自分しかいない」ことでありましょう。

しかし…

人生は「永遠には続かない」ものですし

同時に

「一瞬しか存在しない」ものであります。


ヤマサキは無神論者ではありませんし

無仏論者でもありません。

しかしながら

特定の宗教の儀式とか

しきたりなんかは、全く関知していない人間です。


宗教も儀式も「人工」のものです。


遙か昔、ネアンデルタール人の墓に

「花」が供えられていたといいます。

化石のように残る「花粉」で明らかになったそうです。

これこそが

真の「弔いの気持ち」ではないでしょうか…


亡くなった人を

利害関係も、師弟関係も、血縁関係も

そんなもの何もない人々が

「残念だな~」とつぶやくことこそが

「お弔い」だと思います。


「遺言」は

ヤマサキはまだしていません。

しなければいけないのでしょうが

自分が死んでからのことを思うことが

「雑念」だとも思えて、していないのです。

でも…


さらなる雑念を排除するためにも

しておかなければ、とも考えますね。


モウグ爺さん曰く


「ワシの骨から生える草木が

それがワシの遺言じゃてよ~ホホホ」

かも知れませんが…ね。

投稿: ヤマサキ | 2011年1月16日 (日) 23時41分

父母共に早く亡くなったせいか、坊主の家計に育った故か、有る意味身近に感じる儀式。
経の一つや二つ、馴染みの坊主の手配、その他多少の必要な知識→全てでは無い。アタマにうっすら残ってはいるが…
そろそろ高齢者の仲間入りをしようとする義母、墓の用意を頼むとの依頼。旦那は長男だが義母はシングルになった義姉や義姉の子ども達の面倒ばかり。実家?を訪ねても会話が続かず毎度毎度、早々に脱出。どうでも良い話だろうが、同じ仏教でも宗派が違う!!!サテ、どうしたモノか???
ヤマサキ先生が仰る通り偲んで捧げる花〔供物〕と弔う気持ちが有れば良いのでしょうが。
大人になれば現れる どうでもい~よーなプチ悩みでは有ります。
以前AORで遺言がテーマになっていて「灰をアンデスに撒いてくれ」とゆーのを旦那は聴いていました。「無理」との返事がきてどうしようかと思案しております(笑)
(@,@)v

投稿: Blue.Lizard | 2011年1月17日 (月) 03時55分

私の家系は早死が多く
祖父母 父も早くに亡くなりました。

その後 いろんな嫌な
ドロドロ…。
未だにその後遺症?が続いてます。

口頭での遺言は正直
常識のある人間にしか
通用しません。

死んだ時の話をするのは…
と 常識的な行動をすれば
後で困る事に。
身を持って実感しました。

少しでも不安や意向があれば
面倒でも遺言書にした方がいいです。
後に残った身内の為にも。

投稿: サボテン女 | 2011年1月17日 (月) 20時39分


「明日の自分がいない」・・・この恐れに

子供頃は何度も苦しめられた思いが・・・

正直今でもふと考えたりすることもあります。

でもこれは絶対の逃れられない、命あるものの

定めなんです。一日を大切に楽しく生きよう

そう思えるようにもなりました。

「遺言」なんて大金持ちだけのことと

思っていましたが、それでも「あれこれ」

「あ~だのこ~だの」残されたものに迷惑

かけたくないためにも「死んだらこうして」と

本人が残しておくのは必要かなって感じますね、

財産は「こち亀」の1~6巻と会長にいただいた

フィギアだけですが・・・

まあ借金はございません。

                     

投稿: ゆず親父 | 2011年1月17日 (月) 21時24分

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