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2010年12月28日 (火)

特集兵庫県③

『西宮市・芦屋市』

『西宮市』といえば、「甲子園」に尽きますね~

「もう、ええわ~!」とウンザリされるほど書いてきた

昭和49年夏が一番の思い出ですが、大阪に居る期間

も52年、55年の春と何試合か母校の応援観戦に行き

ましたし、こちらに帰っても何度かフラッ~と夏の大会を

観に行ってました。その中でも55年春の強豪帝京高校

との息詰まる準決勝は見応えある内容でした。9回表1対1

に追いつき延長12回、相手のエース伊東君(元ヤクルト)

にサヨナラホームラン・・・3塁側アルプス席でレフトポール

際ギリギリに飛んでいく打球が、スローモーションのように

飛んで行ったのが今でも記憶に残ってますね。

昔は阪神タイガースの甲子園だけではありませんでした。

阪急ブレーブスの本拠地「西宮球場」もありました。残念

ながら外観しか見たことなかったのですが、2000年夏

「ゆず」のスタジアムライブで野球ではなくて、イベントで

中に・・・テレビで見たことのある球場の雰囲気そのまま

でしたね。

『芦屋市』は山の手は高級住宅地、お金持ち(当時はセレブ

なんて言葉はなかった)の居住区・・・したがって縁がない!

通過点でしたが、この芦屋を抜けて東灘区深江の看板が

見えるとまもなく「青木港」・・・昔はここに東神戸フェリー

センターがあり、「ジャンボフェリー」も神戸側はここから出港、

仕事終わりで車で飛ばし、駐車場に車を停めて人だけ乗船、

お金がなかったので「遠距離恋愛」には強い味方?でした。

ここも震災で壊滅状態になり1999年に今の「神戸港」に

乗り場が変わりました。

「しぼったばかりの夕日の赤が 水平線からもれている・・・♪」

「落陽」を聞くたびにこみ上げるのは「ジャンボフェリー」のこと

があるのかもしれません・・・。

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コメント

「甲子園」と言えば、こんな思い出が…

高校や大学の頃

試合の途中に「雨」になると

出かけていきました。

理由は最低なものです。

応援している女子高生の服が「透けて見えるから」です。

ホント、最低です。

しかしながら…

あの年齢の男にとっては「必須」だったのです。

それである時の午後

必死で行ったら…男子校の応援団席です。

泣く泣く、一度表にでて

またお金を払って反対側に行きました。


それと…今度はまともな思い出です。

江川の高校時代…

兵庫代表と当たりましたが

全然打てませんでした。

全くかすりもしないのです。

三回か四回に、やっと前に飛ぶと

それだけで大観衆がざわめくのです。

こんなピッチャーは空前絶後です。

それでも優勝できないところが

「甲子園」ですがね…


「芦屋」の友人も居ました

そいつは甲南大学に行きましたが

大学時代の1ヶ月のこずかいが

30万円でした…

ええかげんにせえよ~です。

でも世の中、そんなものです。

金は金のあるところに集まり

金のないところからは逃げていきます。

悔しいですが、事実ですねぇ~

投稿: ヤマサキ | 2010年12月28日 (火) 23時17分

バラエティー番組なので、まさに露出系の衣装で

セクシーな振る舞いの女性をセッティングして

「ど~う、見て見て」状態の場所に男性タレントを

送りこみ一人にさせてどれだけ「チラ見」

するかを検証する企画がありました。

それを「チラチラ見る」のがまるで犯罪の

ように「ダメだし」「いやらしい~」扱い、

それは違うだろう!、普通の健康的な男なら

見るのが当たり前でしょうが!!

「見せパン」「見せる下着」・・・

そっちの方が犯罪性が高いのではないざんすか?   

なんか思い切り脱線、転倒しましが・・・

                 
「江川」は怪物でした。

甲子園の中で一番印象に残る投手ですね~

仰る通り、それでも甲子園で優勝できないのです

高校野球のおもしろいとこです。

「甲子園」よ永遠なれ!ですね。

                       

投稿: ゆず親父 | 2010年12月29日 (水) 08時50分

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